保育士だからこそできる専門職のキャリア構築
毎日、キラキラした気持ちで働いていますか?
同僚とどうもうまくいかない、親御さんからお叱りを受けてしまった・・・。そんな日が続いて、「保育の仕事がツラい! 別の業界で働いてみたい」と思っている人もいるかもしれません。「でも、ちょっと待って!」そう語りかけるのは、保育園や子育てひろば、幼稚園を経営する傍ら、保育士専門の人材紹介サービス『保育Willキャリア』主宰の野上美希さん。
保育士の“キャリア”について、産後女性向けのキャリア講座などを運営する、キャリアコンサルタントの岩橋ひかりさんと、語りあいました。
AI時代になくなる仕事、なくならない仕事
野上さん: 岩橋さんは、キャリアカウンセラーとして主に産後女性のサポートをしている一方で、2人のお子さんを育てながら働いているワーキングマザーですよね。そんな岩橋さんからみて、保育の仕事はどんなイメージですか?
岩橋さん: 保育園を利用している母親として、保育園の存在はとてもありがたいものです。
ウチの子を見ていてもそうでしたが、少しも目を離せない年齢の子どもたちを四六時中みているのは、気の張る仕事ですよね。
野上さん: そうですね。午睡中0歳児は数分おきに息をしているかどうか確認します。1歳児はなんでも口にしてしまう時期ですし、月齢、年齢によって気をつけるべき点は変わります。
でも、数カ月でグンと成長する姿には、「生きる」ことに対するエネルギーを感じます。
岩橋さん: 小さな子どもの成長に関わることができて、働くお母さん、お父さんの力になれる。大変だけれど、とても素敵な仕事だと思います。
野上さん: ここ最近、AI(人工知能)の発達で、今ある仕事の約半数は、10年後にはなくなってしまうと言われています。
そんな話を聞いていると、保育の仕事はどうなのかな?と疑問がわいてくるのですが、どう思われますか?
岩橋さん: AIは、同じことの繰り返しや数字を使った分析が得意です。保険金の支払い額を決定する仕事など、すでにAIが行うようになっているものもありますね。
逆に、臨機応変な判断や相手の感情を読み取る必要がある仕事は、AIの苦手とするところ。
そう考えると、子どもの心に寄り添い、子どもを育てていく保育士という仕事は、まだまだ「人」が担うべき仕事。AIが代替しにくい仕事の一つといえるのではないでしょうか。
自分軸を明確にしよう
野上さん: 私は、出産を機に園の経営に携わることになりました。まったく別の業界からきた私が、保育の仕事に携わるようになって感じるのは、保育士は、資格が必要な仕事だからこそ、そのキャリアをどう捉えたらいいか迷っている人が多いんじゃないかということです。
岩橋さん: 資格がなければできない仕事をしていると、資格にとらわれてしまいがちですね。
保育士であれば保育園で働くことを前提としてすべてのキャリアを考えてしまう・・・。
でも、これからのキャリアを考えるときに大切なのは、「自分がどうありたいか」です。
まず、「保育士」という資格や、自分が置かれている立場などを取り払って、自分がやりたいことは何なのかを考えてみてほしいと思います。
そして、保育士という仕事を選んだ理由をもう一度考えて見てほしいと思います。
野上さん: 保育士の資格を取ろうと考えた際の自分の気持ちを思い出してみるといいかもしれませんね。
岩橋さん: そうですね。
保育士の仕事は、その仕事に就こうと考える前から、ある程度「大変な仕事」ということが想像できる仕事だと思います。
それでも保育士を選んだということは、そこに何かしらの理由があると思います。
それがわかると、これからのキャリアを考えるうえでの “自分軸”もわかってくると思います。
「なんとなく」を明確に
岩橋さん: 自分軸がはっきりしていると、辛い時に、「でも、これをやりたいからこの仕事を選んだんだ」と、客観的に自分の辛さを捉えることができるようになります。
野上さん: 保育の現場で一緒に働いていると、保育の仕事に携わる人は、感受性が豊かな人が多いなと感じます。だからこそ、親御さんとのちょっとしたトラブルが起きた時など、必要以上に大きなダメージを受けてしまう。
岩橋さん: そして、「もう保育の仕事はイヤだ」と考えてしまう人もいらっしゃるんですね。
客観的に振り返って見ると「保育の仕事そのものがイヤ」なのではなく、「その時のその親御さんとのトラブルがイヤ」だっただけ、ということの方が多い。
野上さん: でも、そこがよくわからなくて、なんとなく「この仕事がイヤだ」と感じてしまい、「保育の仕事を辞めたい」と考えてしまうんですね。
岩橋さん: それ以外の選択肢があるのに、そこに気がつかない。その時の親御さんとコミュニケーションが取りづらいなら、翌年別のクラスに異動すれば、そこに関する問題は解決しますよね。
極端な選択をする前に、何に対して「辛い」「イヤだ」と感じているのかがはっきりわかることが大切です。
野上さん: 仕事そのものに迷いが生じた時も、先ほど言っていた“自分軸”がわかっていると、それに照らし合わせて考えることができますね。
保育士の給与って本当に“安い”の?
野上さん: 「保育士は大変な仕事の割に給与が低い」というイメージが持たれがちですが、どう思われますか?
岩橋さん: 単純に金額だけを比較できるわけではありませんが、目安として短大卒の年収と比較したとすると、現在短大卒の平均年収は、312万円ほどといわれていますね。
野上さん: 保育士の初任給は、だいたい300万円ほど。ただ、都心などの場合、区によっては上限月8万2000円ほどの家賃補助があるんです。金額は区によって違いますが、東京都千代田区に限って言えば、家賃補助の金額は最大で13万円あります。
岩橋さん: それはすごい。家賃補助を含めて年収を計算しなおしてみると、千代田区では450万円以上もらえる人もいることになりますね。大手の企業でも、家賃補助を含めてこれだけの金額を支給しているところはあまりないんじゃないでしょうか。
野上さん: 短大卒で一般企業の、たとえば事務職などについた場合、生涯その企業で働いてキャリアを築いていくのは大変ですよね。
岩橋さん: いわゆる「ガラスの天井」がありますからね。以前ほどあからさまではありませんが、現実問題として、女性は同世代の男性と比べて、キャリア構築ができにくい、つまり出世しにくい風潮が残っている職場もまだあるように感じています。
野上さん: 保育園の場合、そもそも「出世したい」と考える人が少ないので、キャリアの階段は上がりやすい環境だと思います。
岩橋さん: 一般企業の場合、目標とする女性管理職は少なく、とくに短大卒の女性は出世しにくいと思います。
仮に結婚して出産した後も働くとしたら、育児中は責任のある仕事を任せてもらえない可能性もあります。そうすると、キャリア構築どころではなくなってしまうんです。
野上さん: 出産や子育てで、キャリアが分断されてしまうということですね。
その点、保育士の場合、出産、子育てそのものが、保育士としての強みに変換できます。
岩橋さん: 出産・子育ての経験がキャリア構築のための強い武器になる。
そういう職場は、本当に少ない。女性にとっては働き続けやすい職業ですね。
保育の仕事は、未来をつくる仕事!
野上さん: 今、幼児教育の無償化について、国が本気で実施の検討を始めています。それは、幼児期に子どもに与える経験が、その後の子どもの成長に大きく関わってくることが、統計的にわかってきたから。
岩橋さん: そう考えると、平日の昼間一緒にいる保育士さんが、子どもに与える影響は、計り知れないものがありますね。
たとえば、パソコンが苦手な保育士さんが、子どもとのふとした会話の中で「インターネットは悪いことにも使われるし、怖いね」と言っていたら、子どもたちは「インターネットは怖いもの」というイメージを持ってしまうかもしれません。
逆に「インターネットは面白いね。役に立つね。どんな仕組みなんだろうね」と話をしていたことで、インターネットに強い興味を持つ子どもが生まれる可能性もある。
野上さん: 保育士が持つ価値観が、子どもたちの価値観形成に大きく影響するんですね。
保育士は、自分が持っている価値観をそのまま伝えるのではなく、この子たちが大人になったらどんな未来があるのかを考えながら接していくことも大切ですね。
保育士という仕事は、次の時代を担う人を育てる仕事なんですね。
岩橋さん: 子どもを預ける親としても、感性が豊かで、たくさんの引き出しを持っている、そんな先生に子どもをみてもらえるといいなと思います。
野上さん: 数十年後、偉業を成し遂げた人の、最初にその影響を与えた人になるかもしれないのが、保育士という仕事なんですね。
プロフィール
野上美希さん
株式会社野上アカデミー 代表取締役
学校法人野上学園 久我山幼稚園 主事
社会福祉法人風の森 統括
一般社団法人キッズコンサルタント協会 代表理事
産後母の孤独を解消すべく、子育てひろば開設を皮切りに働く母の支援のため幼児教育をベースとした民間学童や複数の認可保育園を開設。
また、幼稚園に長時間預かり保育を拡充する等、働く母が安心して働ける環境づくりのため活動中。
CDA(キャリアカウンセラー)資格を活かし、保育士のための仕事紹介サービス
「保育Wilキャリア」も主宰し、子育てにかかわるあらゆる課題の解消に努める。
岩橋ひかりさん
株式会社MYコンパス代表取締役
金融業界で人事の仕事に従事したのち、第2子出産を機に独立。主に出産を経験した女性のキャリア支援を行う。2017年1月、オンラインのワークショップ「MYコンパス アカデミー」を開講。キャリア構築に悩む女性たちに、本当に自分がやりたいことは何かを見つける手助けをし、女性のキャリア構築支援を行なっている。